遠い国で聴いた歌

もう15~6年も前になるだろうか・・・

二月にしては暖かい風の吹く夜だったと思う。
僕は仕事仲間の一人と連れ立って、パブへと出掛けた。
重い扉を押して中に入ると店内は薄暗く、まるでその空間だけが
時間を止めたかのような 古めかしい雰囲気が漂っていた。

僕たちはギネスのハーフパイントを注文して
それから奥のテーブル席に落ち着いた。
仕事の事や、たわいない世間話をしながら、
そろそろ3杯目を頼もうかとしていた時だった。

「あんたたち、何処から来たんだい?」
隣にいた男性がスロットマシーンを続けながら話しかけてきたのだ。

歳は70代位、いや、80を越えているようにも見えたが
背は高く、どことなくクリント・イーストウッドを思わせる風貌だった。
彼は、煙たそうに くわえ煙草を燻らせながら僕らのテーブルにやってきた、
片足を引きずるように歩く姿は、まるで傷を負った「ダーティハリー」のようだ。

そして彼は語り始めた。

「自分はイギリス人なのだが、若いときにソ連のために戦った事がある、
 この足はその時に負傷したのだ。そして右の耳も聴こえなくなってしまったのだ…」と。
もちろん、彼は英語をしゃべっていたので、
僕達は必死で聞き取ろうと身を乗り出していた。
幸い 年老いた彼の言葉はゆっくりで、同じ話を繰り返していたので、
なんとなく理解できた。
彼の話はその後も続いたが、狐につままれたような気分で聞いていた。
ダーティハリーに似た爺さんが”ストーリーテラー”となって、
僕達を遠い昔の世界に引込んでいった。

煙草の煙が霧のように広がる中で、本当か嘘かもわからない世界に
グイグイ引込まれていったのだった…

それから、酔いもだいぶまわってきた頃、
彼は日本のことを話始めた。
「昔、日本人の友達が何人かいて 日本の事をよく聞いていた、
日本の歌も一曲だけ覚えたよ、しばらく歌っていないけどね。」
そう言うと 彼はかすれた声で歌い始めた。

それは『スキヤキ・ソング』だった。
酔っていたせいか少々音程はずれていたけれど、ちゃんと日本語で歌ってくれた。

僕達も一緒に歌った、
何度も、何度も歌った…

今では あの夜の出来事が現実であったのか
夢であったのか 迷うほど遠い記憶だけど、
時々あの時の歌、スキヤキ・ソング(上を向いて歩こう)が
頭の中で流れ出してくるのです。

♪ 上を向いて 歩こう 涙が こぼれないように
  思い出す 春の日 一人ぽっちの夜

  上を向いて歩こう にじんだ 星をかぞえて
  思い出す 夏の日 一人ぽっちの夜

  幸せは 雲の上に 幸せは 空の上に・・・

あの爺さん元気でいるかな?
名前も知らないままだけどね。
たぶんスロットは負け続けているんだろうな、、
遥か昔、遠い場所 ロンドンでの一夜のこと。
酒場には様々な人生が交差しているのかもしれませんね。
あー、どこか旅に出たいーー