ご来店頂きました

そうだったのか、やっぱり。

あれは先月の中頃の、たしか日曜日だったと思う。
営業時間も過ぎ、一人パソコンに向かって事務仕事をしていた時だった、
店のドアのあちらから、白いブルゾンを着た中年男性が
こちらを見ながら手招きをしているではないか。
ドアを開き、なんでしょうか?と尋ねてみると、
ブルゾン男は勝ち誇ったような口調で
「ちょっと、おたくの看板がね」
と、道路脇に置いてある看板を指差し、
看板を見てみろ、と言うように手招きを繰り返した。
なんだか嫌な感じ、と思いながらも出て行くと
「ほら、ここ。このカゴから針金が飛び出してるの。
危ないでしょう、誰か怪我したら大変でしょう」
見ると、外看板に提げてあるカゴから、
確かに針金が折れて出ていたんです。
路面に出した看板などで誰かが怪我をした場合、
それは店の責任になってしまうので、小心者の人間は
とてもとても心配で、細心の注意を払うのです。
看板が倒れて通行人に当たってはいけないので、
タイルや石工でズッシリと重くして、台風にも負けないようにしてみたり、
看板の角にぶつかって怪我をしないように、角をまあるく削って
ゆで卵のようにつるつるにしてみたり。
毎朝、安全を確認して入り口に設置しているのだ。
それなのに、それなのに。
仕方なく、この状況は当然平謝りです。
ああ、すみません、すみません。お怪我はありませんか?
すみません、すみません…
「ほら、見てっ」
男は、着ていた白いブルゾンの右肘を私の方に突き出した。
あら、L字型に裂けてんじゃん。ああ、どうしよう。
でもよく考えると、
看板のカゴの位置は地面から約70センチ。
どんな体勢になったら、身長約170センチの男の肘を
かぎ裂きに出来るんだろう?
ありえない、ありえない。こいつ何を言ってやがんだぃ。
思わず
「んあ”ぁ!?」 と、声が漏れた。
それを見て、ブルゾン男は態度を一転させた。
「いや、僕はね、なにも弁償してくれとか、
そんなことを言っているんじゃないんですよ。
ただ、危ないですよねって言ってるだけですから」
そしてさらに続けた。
「僕はね、この辺りのご婦人方に声楽を教えている名士なんです。
全然あやしい者じゃありませんから。それでは」
足早に立ち去るブルゾン男。なぜか内股気味。
全然あやしい。自分で”名士”って名乗る男は。
今朝、ポストに入っていた『詐欺についての注意』を読んで、
ああ、絶対にあいつだ。と思いました。
そうだったのか、
ああ、私の店にも来てくれたんだ、と。
しかし、もうひとつ腑に落ちない事があるのです。
あのブルゾン男は『女性的で、おかま口調』だったのだろうか?
あの時、私は普通に、同じように会話していたはずだ。
皆様もオネエ言葉につられないようにご注意を。